解は水色

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§2 2002年8月17日 15:30

 助手席のトムの道案内で、ゴンは車を走らせていたが、なかなか目的地のペンションに辿り着かない。それどころか、とても車が通れると思えないほどの山道を走っている。先程『この近く』と言ったトムのことばは明らかに大嘘だ。私の隣のルイがしびれを切らし、助手席のシートから身を乗り出すように、トムの耳元で叫んだ。
「まだなんですか。全然近くないじゃないですか」
「さっき、町の中心からは離れていると言っただろ。でも、もうすぐだよ」

 そのやりとりを聞きながら,僕はシートを掴んでいるルイのしなやかで美しい右手を時折横目で眺めていた.水色のリストバンドが似合っていた.それにしてもひどい揺れだ.地面が相当凸凹なのだろう.

 車がさらに5分位走ったところで、トムが慌て気味に言った。
「あ、ゴンさん、ここで停めてください」
正確に言えば、トムが言葉を発する直前にゴンは既に車を停めていた。行き止まりだったのである。周囲は鬱蒼とした原生林同然の森である。余りのことに私は半ば呆れて、
「トム、どういうことだ」
「あ、ここから歩きです」
「歩きって、道が無いじゃないか」
「道はあそこです」
トムが指差した先には、到底道とは思えない──強いて言えば獣道のような──細い山道があった。
「ここからは歩いて15分程度ですから、もうすぐですよ」
我々は車を降りた。車は停めた場所にそのまま放置することになった。行き止まりなのだから、誰の邪魔にもならないだろう。
 歩いて15分…ということだったが、登りが続く上に足場が悪く、しかも歩くのが遅いミカがいるのでなかなか先へ進まない。15分経っても目的地には着かなかった。先頭ではトムとルイが並んで歩いていて、ルイが何やらしきりにトムに話しかけている。私の横にはゴン。そしてやや遅れてミカがついてくる。ミカは明らかにしんどそうだ。鬱蒼とした森の中なので、夏の陽射しは直接地面までは届かず、涼しいのだが、登りを歩き続けている身には少々きつい。私も、若干息が切れ、汗が額に浮き出てきた。肥満体のゴンには相当堪えているだろうと思い、様子を横目で窺ったが、意外と涼しい顔で、足取りもしっかりしている。きっと身軽なデブなのだろう。

ゴン…フルネームは丸山権多。旧帝大の大学院の工学研究科の修士課程を修了し、入社5年目。普通なら『キッズ・ファクトリー』に入社しないような経歴である。彼の能力を十分発揮できる職場とは思えないのだ。無口で社交性にも乏しいが、時々発することばから、恐ろしいほどの頭の回転の速さを感じることがある。その点、私では到底及ばない能力を持っていることは確かだ。170cm程の身長で体重は100kgを明らかに超えている。職場にほど近いアパートで一人暮らしをしている。

 そして,目の前にはルイの後ろ姿がある.薄手のチノパンから,微かに下着の輪郭が浮き出ていた.根拠はないが,きっとその下着の色は水色に違いない,と思いながら,飽くことなく眺めていた.

 我々は更に15分後に目的地のペンションに到着するのだが、それまで殺人事件に関連する出来事が起こらなかったことを保証する。

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