解はモモ色

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§2 物知りの4歳児という手がかり

 そして、奥の部屋から小さな女の子が大きな犬を引き連れて出てきた。

 想像以上に可愛い女の子だな、というのが桃果ちゃんの第一印象。私は決して幼児性愛趣味はないつもりだが、それでも下手をすると間違いを犯してしまいそうなほどに可愛い。「男性は成長して“男”になるが、女性は生まれつき“女”である」と書いていた女優さんがいたっけ。傍らの犬はずいぶん賢そうである。犬の品種に詳しくないのだが、何とかレトリバーではなかろうか。

 教授に桃果ちゃんを紹介されたので、私は挨拶をした。
「はじめまして、桃果ちゃん。僕の名前は本川智といいます。サトシと呼んでね」
「サトチさん、こんにちは」
普段は私の一人称は「私」なのだが、幼児相手ということで「僕」に変えてみた。相手も挨拶を返してきた。それにしても、この子は「し」の発音がうまくできないのだろうか。4歳くらいの子供にはありがちである。

  さて、彼女と親しくなるためにはもう少し話を膨らませねば。 私は犬を指差しながら、
「この犬、桃果ちゃんが飼っているの? とても賢そうな犬だね」
と話しかけてみた。すると、桃果ちゃんは少し膨れ面になって
「イヌじゃないよ。ゴルデンレトリバだよ。ゴルデンレトリバのレトロって言うんだよ」
と答えた。
「ああ、ごめんごめん。レトロって名前なのか。ところで“ゴルデンレトリバ”じゃなくて“ゴールデンレトリバー”じゃないのかな」
「サトチさん、少ち時代遅れだよ。最近は長音を省くのが流行の最先端なんだよ」
あらら、いきなり4歳児とは思えない語彙である。やはり読書量の賜物なのだろうか。それにしても、長音を省くのが流行、なんて聞いたことがないぞ。
「へえ、長音を省くのが流行っているんだ。知らなかったよ」
「そうなんだよ。たとえば昔は『タイムマシーン』と書くことが多かったけど、今はほとんど『タイムマシン』でしょう。あと、『パラメーター』も最近では『パラメタ』という人が増えつつあります。あと、『サーバー』のことも『鯖』と言うよね」
最後のやつは少し違うような気もするが、それにしてもよく物を知っている。私は心から賛嘆した。
「凄い。桃果ちゃんは物知りなんだね。どうやって覚えるの?」
「だいたい推理小説。あとで私の部屋の本棚を見せてあげるね」
「ありがとう」
もちろん、彼女の部屋だけでなく他の色々な部屋を見せてもらいたい。教授夫妻がいくら探しても見つけられなかったという“モモ色の隠し場所”。彼らが見落とした手がかりは、きっとどこかの部屋にあるに違いないのだ。私は教授に、各部屋を見せてもらいたい、と依頼した。こうして、教授夫妻と桃果ちゃんを伴っての私の独自捜査がこれから始まるのだ。

 ここから、各部屋についての私の観察を箇条書き風に簡潔に記しておく。既に1階の応接室については記録してある。

1階のリビング&ダイニングキッチン
相当に広いリビング・ルームである。カーテンは応接室と同じアイボリー柄。床のカーペットは薄いグリーン調である。キッチンの塗装もグリーン系に統一されている。リビングのテーブルは高級感溢れる黒大理石の一枚テーブル。壁際のサイドボードは木目調。結局、桃色の要素はどこにも見当たらない。
1階のトイレと浴室
トイレには特筆すべきものはないが、浴室のタイルはピンク色を基調にしていた。しかし、いくら桃色でも浴室では隠す場所がない。まさかタイルを剥がして指輪を隠して再び接着するという芸当はさすがに4歳児には無理だろう。排水溝や換気扇はあるが、それ自体はピンク色ではないから、条件を満たさないだろう。驚いたことに、教授はタイルを全て剥がして調べてみたのだそうだ。案の定、そこには何もなかったそうだ。

1階で見るべき所は全て見た。次は2階である。

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