辻真先作品リスト

『仮題・中学殺人事件』『盗作・高校殺人事件』『改訂・受験殺人事件』


『仮題・中学殺人事件』(創元推理文庫)

 辻真先氏(1932-)は、TVディレクタ出身で、その後「デビルマン」をはじめとするアニメの制作・演出・脚本の仕事をする一方で、1972年に『仮題・中学殺人事件』でミステリ作家デビュー。技巧を凝らしたトリックの作品には定評があるようです。

 『仮題・中学殺人事件』の最大の特徴は、冒頭の章で「犯人は読者である」と宣言してしまっていること。書いてしまった以上は結末で読者を納得させなければならないわけですから、これは一種の“読者への挑戦”だと言えるでしょう。

 小説の構成は、連作短編の形を取った長編です。中学生の牧薩次と可能キリコが探偵役として活躍する「第1話」と「第2話」は、仮にそこだけを独立に読んでもトラベルミステリ、アリバイ崩しミステリとして水準以上の出来だと思います(そんな読み方をする人はいないでしょうが)。そして、「犯人は読者」を含む長編小説としての謎が解かれる終盤の章に至り、とても巧妙な技巧が用いられていたことに感服しました。1972年にこのようなものが書かれていたとは。似たような構成の有名作品が数年後に別の作家によって書かれていますが、『仮題・中学殺人事件』の方が遥かにスッキリしていて私好みです。

 もうひとつの大きな特徴として、少年少女向けに書かれていることが挙げられます。そのため、通常は重くなりがちな技巧派小説、青春小説(青春というものは大概重くてほろ苦いものです)でありながら、とても読みやすい文章になっているのもGood。登場人物の会話が1970年代的で古めかしいのですが、ミステリの本筋には影響しないでしょう。

 強いて難を挙げるとすれば、ルルー『黄色い部屋の謎』やクリスティ『アクロイド殺し』のネタばれをしていること。一応伏字にはなっていますが、ある程度勘のいい人なら十分に推測可能です。これらの作品を未読で、今後読む予定がある場合は注意が必要です。


『盗作・高校殺人事件』(創元推理文庫)

 『仮題・中学殺人事件』から始まるシリーズの2作目。このシリーズは探偵役の2人のニックネームから“スーパーとポテトシリーズ”と呼ばれることもあれば、技巧面を強調して“超犯人ミステリ”と呼ばれることもあるようです。何しろ本作『盗作・高校殺人事件』では「作者は被害者で、犯人で、探偵」なのですから、まさに超犯人。

 ただ、第1作『仮題・中学殺人事件』と比べると、その“超犯人”の部分の仕掛けが物足りなく感じられました。1つめの理由は、構成自体が凝っていた前作と異なり、こちらは一見オーソドックスな長編小説の形態(幕間は挿入されるが)をとっているので、“超犯人”の謎が全体から浮いているように思えたこと。もう一つの理由は、結局「作者は被害者で、犯人で、探偵」と明かされるのは最後の最後なので、後付け感が否めなかったことです。

 とは言え、メインの長編部分に目を転ずるならば、探偵役2人の明るい魅力に支えられた青春ミステリ、という個性は健在。むしろ、主人公が高校生に成長したことで、青春小説色はより強まったと言えましょう。台詞の言葉遣いは相変わらず1970年代そのものですが…


『改訂・受験殺人事件』(創元推理文庫)

 1977年に刊行された“超犯人シリーズ”の3作目。「私が真犯人なのだ」という“犯人のはしがき”で始まるこの小説は、相変わらず1970年代を強く感じさせる表現が多用されていること、やや文章が散漫で頭に入りにくいと感じられることが気にはなりますが、超絶技巧の冴えは健在。個人的には、前作『盗作・高校殺人事件』よりもミステリとして洗練されているように感じました。

 探偵役であるスーパーとポテトの2人は高校3年になり、いよいよ大学受験。そんなある日、彼らの通う高校きっての秀才が校舎3階の窓から飛び降りたものの、地面には誰も倒れていなかった。人間消失。ところが、4時間後に忽然と墜落死体となって発見される。最初の事件はこんな感じです。墜落する人間が消失する謎はE.D.ホックの有名な短編「長い墜落」に先例がありますが、もちろんこちらは別トリック。更に、連続して第2の殺人事件が起こるのですが、いずれも高校の校歌の歌詞の“見立て殺人”になっています。

 このように、提示される謎の魅力も十分なのですが、個人的に最も感心したのは、真相につながる伏線の部分。単純な手掛かりだけから謎が解けるような形ではなく、複数の手掛かりが文章のあちこちに巧妙に散りばめられていて、最後の事件を機にそれらの伏線が連関して一気に謎が解かれるようになっています。簡単に言えば、解決編のロジックの面白さ。この点に関しては三部作随一だと思います。更に付け加えると、意外な真犯人の存在も驚きでした。