最近は恋愛小説の名手として知られているのでしょうか。
しかし、70〜80年代に書かれた巧緻なミステリは不朽です。

連城三紀彦作品リスト(随時追加します)
『戻り川心中』『私という名の変奏曲』『どこまでも殺されて』
『変調二人羽織』『暗色コメディ』

『戻り川心中』
講談社文庫
私的満足度 8(満点は10)
whydunit(動機)を追及した、文学色の強いミステリ短編集

 1978年から1980年にかけて発表された短編のうち、花にまつわるミステリ(「花葬シリーズ」と呼ばれることがある)をまとめた作品集。表題作の『戻り川心中』は1981年の日本推理作家協会賞を受賞し、映画化もなされている。このように非常に有名な作品でありながら、私は今年(2002年)はじめて読了しました。なお、私が読んだ講談社文庫版(古書店で購入)は5作品が収録されていますが、ハルキ文庫版には7作品が収められていて、こちらが本来あるべき姿だそうです。よって、可能ならばハルキ文庫版を入手すべきかもしれません。いずれの版も、現在書店に新刊が出回っていることは殆ど無いと思いますが、ブックオフなどを当たれば比較的容易に見つかるでしょう。

 本作品集の内容面での目だった特徴は2つあります。各作品が全て花に纏わる話であること。具体的には、藤、桔梗、桐、白蓮、菖蒲です。これらは、ミステリ的に重要な役割を果たしているわけではないのですが、時代背景に大正や昭和初期を選んでいることと相まって、文学的な効果を上げることに成功しています。一旦作品世界にのめりこんでしまえば、ミステリを読んでいることをふと忘れてしまいそう。
  もう1つの特徴として、ミステリとしては、「なぜその犯行が行われたか(ホワイダニット)」の解明を目的としていることにあります。個人的に私はこの種の作品は余り馴染めないことが多いのです。なぜなら、犯人探しやトリック当てと異なり、(クイーン的な意味での)論理的な伏線はあり得ない(人の心の中で起こっていることを正確に叙述するのは困難)ので、古典本格好きの私には合わないのです。つまりミステリ的な要素を除いて登場人物や状況描写にある程度共感できないと読みづらいのです。ところが、本作の場合、どの動機も恋愛が直接間接に絡んでいるのが強い。誰もが少なくとも1度は経験するであろう感情なので、5作品のうち少なくともどれか1つは共感できる状況があるのではないでしょうか。

 個人的にツボにはまったのは『桔梗の宿』と言う作品。内容には言及しませんが、私的all time短編ランキングのTOP5に入っています。あとは、やはり表題作の『戻り川心中』の完成度は凄い。
 それにしても、『戻り川心中』という題名の美しさは日本ミステリ史上屈指だと思うのは私だけでしょうか。

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『私という名の変奏曲』
ハルキ文庫
私的満足度 8(満点は10)
謎は美しく提示され、トリックは巧緻を極め、意外な真相へ…

 類い希な美貌で世界的ファッションモデルに上りつめた美織レイ子が自宅マンションで死体となって発見された。そして、レイ子を殺す動機を持つ7人の男女は、皆がそれぞれ「美織レイ子」を殺したのは自分しかいない、と信じ込んでいる。果たしてこのようなことは起こり得るのか。そして真犯人は?

  小説の冒頭の第1章では、やがて死体となって発見される美織レイ子の一人称によって、死ぬ直前の彼女と「誰か」との密会場面が描かれます。そこに描かれた「誰か」とは7人のうち誰なのか。早くもこの時点で魅力的な謎が提示されます。連城の流麗な文章は、美織レイ子の人生──物質と容貌に恵まれながらも精神的には満たされなかった人生──をくっきりと浮き彫りにしながら、レイ子の死で第1章は閉じます。この章の濃密さは申し分なく、謎を鮮やかに提示することに見事に成功しています。
 中盤においても7人の「容疑者」たちの戸惑いと共に、次々と新たな謎が描かれ、スリルに富んでいます。この辺りは、恋愛小説家としての連城よりも、典型的なミステリ作家としての連城の姿勢が目立つようにも思えるのですが…
 ところが、終盤になって解明される真相の全貌を読み勧めるにつれ、やはりこの作家は一筋縄ではいかないことを考える人なのだなあと痛感しました。もちろん詳述はしませんが、日本ミステリにおけるトリック史を語るには、本作は不可欠な存在と言えるでしょう。いやあ、これは凄い。
 ついでながら、徐々に明かされる犯人の心理や過去も、切々に胸に迫ってくるように描かれていて、個人的には非常に好感がも持てました。誰にもひけをとらないトリッキーな作品を書きながらも、決してトリックだけでは終わらせないところが、恋愛小説の名人でもある連城らしさでしょう。
 それにしても、本作のタイトルも美しいです。美しいだけでなく、内容にピッタリなのです。

追記:1984年に初版された本作を、私は2002年になって初読しました。明らかにこれから何度か読み返したくなるミステリです。その際、初読で見落とした伏線などをチェックしながら読むつもりです。その結果如何では、本作への私的評価が更に高まる可能性があります。

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『どこまでも殺されて』
新潮文庫
私的満足度 6(満点は10)
提示される謎の美しさ、深さは健在。連城流トリックも健在。

 「どこまでも殺されていく僕がいる。僕は既に7回殺され、今また8回目に殺されようとしている」

  冒頭のような内容の手記から始まる長編ミステリ。普通に考えるとあり得ない「7回死ぬ」の謎には難解味があり、しかも流麗な文章で提示されるため、思わず引き込まれます。トリック的には、連城らしさが爆発、という感じです。それが具体的にどういうことか、については触れないことにします。ただ、1990年に刊行された本作は発表順では『私という名の変奏曲』の後に当たるのですが、2作とも読むならば『どこまでも…』の方を先に読んだ方が良かったかも知れません。

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『変調二人羽織』
ハルキ文庫
私的満足度 8(満点は10)
伝説的デビュー作である表題作を含む初期作品集。
絢爛たる連城ワールドは既に完成済み。

 今や伝説的なミステリ雑誌「幻影城」の第3回新人賞に選ばれ、1978年1月に雑誌掲載された短編「変調二人羽織」──連城三城彦のデビュー作──を含む全9編を収録した好個の作品集です。ミステリ作家としての連城三城彦の特質、美点は、初期作品にして既に十分に顕現されています。実際、文庫解説の法月倫太郎氏も、「初々しい気負いに満ちた処女作が、最後の作品とみまがうような相貌を示してしまうという逆説」という思い切った表現で、収録作品を絶賛しているのです。以下、印象に残った幾つかの作品の感想を記しておきます。

「変調二人羽織」  引退を決意した破天荒な落語家が、最後の演目として、少数の客を招いての“二人羽織”を選んだのだが、独演中、衆人環視の中、しかも誰も彼の身体に触れることが出来ないと言う状況で刺殺される。このように極めて魅力的な謎が描かれる序盤。中盤は、関係者の証言から状況が二転三転するスリルと、被害者や刑事の周辺の人間模様。そして思い掛けない(?)結末。若い作者がありったけのアイデアを注入することで生まれた作品と言って良いでしょう。他サイトで見かけた感想の中に、本作および京極夏彦氏の「姑獲鳥の夏」は、デビュー作としての完成度がピカ一である、と評したものがありました。確かに、既存のミステリに挑戦したような構成や、ある種の斬新さを見る限り、同意できる部分もあります。個人的には、多彩なアイデアを盛り込み過ぎて(ほんの少しですが)バランスを崩している部分があるように思います。しかし、それでも、日本の短編ミステリ史で重要な位置を占める必読作であることには疑いを挟みません。題名の美しさやインパクトもこの作家ならではの美点です。

「ある東京の扉」  連城氏にしては珍しく、ユーモアミステリ風、メタミステリ風の味わいを持った作品。作中、当時大人気だった松本清張氏などのリアリズム推理小説の存在を意識した表現があるのが目を引きます。1970年代〜80年代前半は謎解き本格ミステリ不遇の時代でした。連城氏は、以後しばらくの間、表現の巧緻を売りにしたミステリを武器に、リアリズム派に対抗する道を選ぶことになります。

「消えた新幹線」  変則的な技法に頼らない、正統派の交通機関アリバイ崩し(?)ミステリ。文章内の伏線と、交通機関に関する若干の知識さえあれば事件の真相が看破できると言う意味で、謎解き小説としても読めます。基本的に私はその種の作品が好きなのです。加えて、連城氏ならではの人物描写も高い効果を上げています。個人的には集中イチ押しの作品です。

「依子の日記」  後に連城ミステリの特徴の1つとなるある種のトリックを駆使した作品(これだけではネタバレにならないでしょう)

「黒髪」  集の最後に配されたこの作品は、1年後に発表される「戻り川心中」のように、男女関係がプロットの中心に据えられたミステリです。これも連城作品の特徴の1つ。

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『暗色コメディ』
文春文庫
私的満足度 7(満点は10)
長編処女作。執拗なほどに繰り返される謎の提示の幻想感と眩暈感。

 連城氏の長編処女作。古書以外では入手できない状態が長らく続いていましたが、2003年6月に文春文庫から復刊されました。しかも、書評の名手でもある有栖川有栖氏の解説が巻末に付されているのも嬉しい限りです。

 本作は序章、第1章、第2章、および終章、という構成。このうち、序章とそれに続く長大な第1章では、以下のような不可思議なエピソードが次々と綴られます。自分と同じ名前の女に自分は既に殺されていると主張する女。妻がいつの間にか他人と入れ替わっていると感じる男。妻に「あなたは既に交通事故で死んでいる」と決めつけられる男。雪道で背後から猛進してきたトラックに轢かれても死なない男……

 島田荘司氏いわく、ミステリの醍醐味の1つは「幻想的な謎の提示」であるとのこと。だとすれば、本作は見事にそれに成功しています。もちろん最後に明かされる真相がしょぼければ興ざめですが、決してそんなことはありません。犯人側の綿密な企みも注目に値します。

 後の連城作品の特徴となる独特のミステリ技巧や、恋愛を絡めた叙情性などに関しては、本作では表には現れていません。個人的にはそこに若干の物足りなさを感じるのですが、あくまでも好みの問題。連城ミステリを語る上では外せない作品であることは確かです。これから初めて連城ミステリを読もうとなさる方は、最初に本作を選ぶのも一つの手です。


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