西澤保彦作品感想

『人格転移の殺人』『七回死んだ男』『瞬間移動死体』『神のロジック 人間のマジック』

『人格転移の殺人』(講談社文庫)

 米国CIAの最高機密である「第二の都市」と名づけられた装置は、そこへ複数の人間が同時に入った場合、必ずスライド式の人格転移が起こり、しかも死ぬまで転移し続ける(マスカレード)という。この謎の装置は異星人が持ち込んだと推定されている。大地震の際、シェルターと思い込んで「第二の都市」に飛び込んだ複数の男女による人格交換が起こり、そして彼らの間で連続殺人が起こる。犯人は誰の“人格”か?

 私にとって初めての西澤氏の長編でした。前述の人格転移装置の原理は最後まで一切解決されず、この点では完全なSFです。しかしながら、SF的な状況を大前提として認めてしまえば、事件の真相への客観的な手掛かりがちゃんと記述されているので、まさに良質な犯人当て本格ミステリです。大掛かりなロジックやトリックは用いられていませんが、読者に対するfairnessは完璧だと思いました。西澤氏は他にもこの種の作品を多数手がけているとのこと。

 登場人物の人格が目まぐるしく入れ替わるので、個人的には少々混乱させられましたが、エンターテイメント性は十分。今後他の作品も読んでみようと思っています。

  なお、キャラクタ面から本作を眺めるならば、中盤以降の主人公である日本人のサラリーマンのモノの考え方や葛藤などに、同姓として共感できる部分が多いのです。男性心理を描いた小説としても秀逸かも知れません。ちなみに、以前読んだ西澤氏の某短編にも同様のことを感じました。他のキャラクタも親しみやすく描かれています。


『七回死んだ男』 (講談社文庫)

 一日を九回反復する“反復落とし穴”という現象を感じる能力を持つ(ただしその現象は前触れ無く起こる)少年が、正月に親戚が一同に会した際、祖父の死に直面。その日はちょうど“反復落とし穴”が発生していたので、少年は祖父の死を回避するべく奮闘する。果たして事の真相は?

 S.F.的状況を前提とした本格ミステリを得意とする西澤保彦作品の中でも、最高作に推す人が多い佳作。S.F.現象を扱うため、物的証拠に基づいた真相の検証が描写されないのが唯一の弱点かも知れません。しかし、その点を差し引けばミステリとしての魅力は十分。かつ最初から最後まで休まず読ませるreadabilityの高さ(これも西澤氏の美点)、キャラクタや会話の楽しさも文句なし。余りのも読みやすいゆえに逆に印象に残りにくいという側面もあるかもしれませんが…。世評の高さにも納得です。


『瞬間移動死体』 (講談社文庫)

 テレポーテーション能力を持つ主人公の男が、LAの別荘に居住する妻を、日本に居ながらにして殺害する計画を立てる。ところが、未遂に終わってしまったのみならず、見知らぬ米国人男性の死体が別荘のクローゼットから発見されてしまう。真犯人は誰なのか? 特殊能力を駆使して、主人公は独自の捜査に乗り出すが…

 例によって、S.F.的状況を前提とした本格ミステリです。今回はテレポーテーション。設定からして面白い。無条件で瞬間移動できるわけではなく、

という制約があります。この制約は、物語のスリル感を増幅させると共に、ミステリ的にも大きな役割を果たしているのです。

 実は、私にとっては珍しく、結末に至る以前に犯人の見当がつきました。全ての伏線を漏れなく拾うには至りませんでしたが、「この状況で犯人足り得る人物は1人しか居ない」という確信までは辿りつきました。ですから、人によっては、易しくて意外性が無いことに物足りなさを感じるかもしれません。私は、逆にこの点を高く評価したいのです。パズラーとして単純明快で、フェアなつくりになっている証拠だと思うからです。

 いつもながら、キャラクタ設定の楽しさは文句なし。殊に、夫を苛めることで愛情を表現する主人公の妻が凄い。その境遇に甘んじる主人公の心象にある種の共感を覚えつつ、楽しく読み進めることができました。


『神のロジック 人間(ひと)のマジック』 (文藝春秋)

 西澤保彦氏といえば、『七回死んだ男』『瞬間移動死体』のような“S.F.的状況を前提とした本格ミステリ”が有名で、私自身、その種の作品から読み始めました。基本的に各作品とも読みやすく、本格ミステリとしてのレベルは高いので、初読時は面白く感じるのですが、何故か再読意欲が殆ど湧かないのです。理由は、その作品のためだけに作られた特異な世界観に馴染めないためだと思われます。

 ところが、2003年に刊行された本作『神のロジック 人間のマジック』はどうやら違うタイプのミステリで、しかも2003年度の各種ランキングで上位に食い込んでいることをWebで知り、読むことを決意した次第。読了した瞬間、これなら将来的に再読したくなるだろうな、と直観しました。将来的に西澤氏の代表作の一つに数えられる可能性は大でしょう。

 少々長くなりますが、本作の粗筋を書いておきます。

 神戸で父母と暮らしていた御子神衛(ミコガミ・マモル)は、11歳のある日からの記憶が途切れ、気が付いたら見知らぬ中年男女に連れられて、異国と思われる地の全寮制の学校(ファシリティ)に入学させられていた。そこにはマモルと同様な境遇の5人の生徒(ステラ、ケネス、ケイト、ビル、ハワード)が既に在籍していた。陸の孤島のような場所にあるファシリティでは、毎日、午前は通常の授業、午後は実習という名のパズルゲームが繰り返される日々。果たして、学校は何のために存在するのか。彼らは何故記憶が途切れ、何故ここに連れて来られたのか。また、ケネスの言葉によれば、学校には“邪悪なモノ”が棲みついていて、新入生を迎えるたびにそいつは目を覚まし、生徒たちを苦しめるという。実際、新入生ルゥが学校にやってきて皆に紹介された瞬間、マモルは“邪悪なモノ”に襲われた。眩暈、偏頭痛、視界が定まらずに世界が歪むような感覚。何故こんなことが起こるのだろうか。そして、ついに学校で連続殺人事件が起こる。犯人は誰か?……

 このように、奇妙で現実のものとは思えないような世界で話が進みます。私は「果たしてこれがロジカルに解かれるのか? それともS.F.オチか?」と疑心暗鬼になりながら読み進めました。読者にこのように思わせるということは、謎を魅力的に見せることに成功しているということ。前半は大きな事件が起きないのですが、それでも退屈せずに読めました。この点には、西澤氏の読みやすい文体と堅実な文章も大いに寄与しています。

 既に述べたとおり、本作では2つの謎が提示されます。殺人事件の謎と、奇妙な“世界”の謎。前者に関しては、とてもロジカルに解かれます。私でも犯人は判りましたよ。後者に関しては、詳述は控えますが驚愕の大技が準備されています。こんなトリックは可能なのか? という疑問の余地はあるにはあるのですが、全ての謎をスッキリと解明するにはこれしかないだろ、という説得力は十分だと思いました。読み返してみると、伏線はあちこちに散りばめられています。

 そして、本作の魅力を更に高めているのは、ラスト3ページの読後感。好き嫌いは分かれると思いますが、私は大好きです。