西村京太郎作品リスト(随時追加します)

『殺しの双曲線』『終着駅殺人事件』


『殺しの双曲線』 (実業之日本社ジョイノベルズ)

 西村京太郎といえば、納税者番付作家部門で毎年1,2位を争う超売れっ子作家。十津川警部を探偵役とするトラベルミステリシリーズで広く世間に知られています。とは言え、本格ミステリ愛好家には、近年は余り省みられなくなっているようです。余りの濫作振りに眉を顰める人も居るでしょう。

 しかし、現在ほどの人気作家ではなかった初期には、実に意欲的な本格作品を幾つか生み出していたという事実も、本格ファンにとっては見逃せません。本作『殺しの双曲線』は、優れた初期作品の中でもひときわ高く評価され、「国内ミステリベスト○○」のような企画には必ず加わる作品です。

 作品冒頭、次のような強烈な断り書きがあります。

この推理小説のメイントリックは、双生児であることを利用したものである

そして、序章の冒頭から、犯罪計画を話し合う双子が登場します。つまり、作者は双子の犯罪であることを最初に明かした上で、堂々と読者に挑んでいるわけです。双子の犯行であることが明らかな強盗事件が幾分ユーモラスに描かれるのに平行して、宮城県の雪深い山奥のホテルに呼び集められた若い男女が次々と死んでいく事件が進行します。この事件は、まさにアガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』に挑戦した堂々たるクローズド・サークルもの。一見無関係な両事件を繋ぐ要素は何か、という謎と相まって、物語はスリリングに展開します。なお、西村氏の文体には幾分無味乾燥で簡潔、という特徴があると思います(この頃にはまだ読点はさほど多くなっかたようです)が、本作にはピタリとはまっています。

 全体として、古典本格ミステリに堂々と挑戦しつつも、十分に作者の個性を発揮し得た評判に違わぬ傑作だと思いました。ただ、解決に至るロジックや伏線に関しては、クリスティらの古典的な行き方とは若干異なる気がしたのが幾分不満でした。とはいえ、ラスト近くで明かされるメイントリックは実に見事です。また、(謎解きミステリとしてはオマケ要素に属しますが)動機も一ひねりしてあることに感心します。

 古い作品であり、作中に登場する物価などにはさすがに古さを感じますが、それ以外は十分に21世紀人の鑑賞に堪え得るでしょう。むしろ、全体的な読後感はいわゆる“新本格”の作品に近いものがあると思われます。

 ひとつだけ難をつけるとすれば、クリスティ『そして誰もいなくなった』のトリックを割ってしまっていること。『そして誰もいなくなった』を未読で、今後読む可能性のある方は、先にクリスティを読んでおく必要があります。


『終着駅殺人事件』 (光文社文庫)

 青森の高校を卒業して上京した7人の男女が、卒業後7年振りに郷里に戻るため、上野発の「ゆうづる7号」に乗り込むことになっていた。ところが、そのうちの一人が上野駅で殺されたのを皮切りに、次々と仲間が殺されていく。上野で偶然事件に遭遇していた亀井刑事は、十津川警部と共に事件の捜査に乗り出す。

 1981年に初刊された十津川警部を探偵役とするトラベルミステリシリーズの第3作。現在は濫作気味の十津川警部シリーズですが、この時期の作品は充実の面白さで、日本推理作家協会賞も受賞しています。

 上記の粗筋の通り、本作も『殺しの双曲線』同様、関係者が次々と死んでいく『そして誰もいなくなった』方式をとっています。この種の作品は、素直に考えると残された関係者の中に犯人がいるので、フーダニットとしての興味は薄れます。しかし、本作ではその代わりにアリバイや密室での不可能性や動機の不可解性を作り出すことに成功しています。殊に、最後の一頁で明らかになる犯行動機には思わず息を飲みました。

 犯人が仕掛けた種々のトリックも魅力的なのですが、後付けの情報から解明される部分が多いので、謎解き小説としてはややフェアではないと言えるかも知れません。この点が気にならない人には満点の面白さでしょう。

 なお、本作の主な舞台である上野駅の情景は、私自身も東北地方の生まれなだけに、とても懐かしく感じられました。今は新幹線が東京始発になったため、上野駅は終着駅(ターミナル)では無く、寝台特急「ゆうづる」も既に過去のもの。少々寂しいのです。