舞城王太郎作品リスト(随時追加します)

『煙か土か食い物』『世界は密室でできている』『熊の場所』


『煙か土か食い物』(講談社ノベルズ)

 舞城王太郎(1973〜)は本作『煙か土か食い物』で第23回メフィスト賞を受賞して2001年にデビューしました。近い時期にメフィスト賞を受賞した佐藤友哉や西尾維新と共に、現時点(2004年)での講談社ノベルズの売り上げを支えている一人だと思います。

 ノベルズ裏表紙の内容紹介文は、本作の特性を的確に象徴しています。

ヘイヘイヘイ、復讐は俺にまかせろマザファッカー!
「密室?暗号?名探偵? くだらん!くたばれ!」

 Webでの評価を当たってみると、「残酷的な暴力描写」を特徴に挙げている感想をいくつか見かけました。確かに、そういう描写を全く受け付けない人には向かないかも知れません。私は全然平気でした。なぜなら、綾辻『殺人鬼』やケッチャム『隣の家の少女』などに比べれば全然大したことがないから……というのは半分冗談で、本当の理由は、本作のメイン要素は暴力ではないと思うからです。 

 本作の最大の個性は、何よりも文体。語り手&主人公は、米国で活躍する若き医師、奈津川四郎ですが、彼の語り口は、米国のジャンク小説を思わせるユーモアとスピード感に溢れています。一気に通読させる文章力は貴重です。

 私は本作を西尾維新『クビキリサイクル』の読了直後に読みました。西尾維新は現実離れしたキャラをメインに据えながらも本質的には謎解き本格、という小説を書いているので、似たような作風を期待していたのですが、全然違いました。これは謎解き推理小説ではありません。確かに名探偵は登場します。密室や暗号といった本格必須アイテムも一応登場します。ただ、これらの謎はまともな手がかりや伏線が読者に提示されないままに解かれてしまうので、作者は謎解きをメインに据えるつもりは端から無いと思われます。本格ファンとである私としては残念な気も少しするのですが、それを補って余りあるほどの個性を持った佳作であることは確かでしょう。

 殊に、主人公である奈津川四郎と、その家族の描写は痛快。殊に、一郎、二郎、三郎、四郎の兄弟の人物設定と描写はGood。揃って背が高くて天才的に頭が良くて身体能力も高い。でも、奈津川家に流れる暴力的な血には逆らえず、翻弄されていく様子は哀しくもあり、可笑しくもあります。(屈折はしているものの)“家族愛”をテーマにした小説としても読めるわけです。

 舞城氏の他の作品も読んでみようか、と思いました。謎解き本格推理が好きで、それ以外のミステリを余り好まない私がそう思うのは珍しいこと。『煙か土か食い物』はそれだけの力を持った作品だということです。調べてみたところ、舞城氏は非ミステリ作品である『熊の場所』(講談社)や『阿修羅ガール』(新潮社)も出版しており、特に後者は三島由紀夫賞を受賞しているとのこと。この辺の予備知識を念頭に『煙か土か食い物』を読み返してみると、なるほどと思わせる箇所がいくつかあります。まさに舞城王太郎侮りがたし。


『世界は密室でできている』(講談社ノベルズ)

 2002年に、講談社ノベルズ“密室本”の一冊として刊行されました。

 デビュー作『煙か土か食い物』、第2作『暗闇の中で子供』はいずれも奈津川家の人々が主人公のシリーズですが、本作はその外伝的位置付けです。主人公(語り手)である「僕」は物語中13〜19歳で、デビュー作等に比べてぐっと低年齢化。その分、残虐的な要素はかなり控えめになっています。そして、『煙か土か食い物』に少しだけ登場した名探偵「ルンババ12」は主人公の親友。この2人を軸に展開される青春小説です。

 ミステリであることは確かですが、やはり謎解き小説とは言えません。密室殺人事件がいくつか登場しますが、読者に十分な材料を与えないままで、「ルンババ12」はあっさりと解いてしまいます。その中には、ある意味で極めて斬新な密室も登場します。本格推理寄りの書き手なら、それだけを題材に1つの長編に仕立てるかも知れないと思うと、ほんの少し勿体無い気もしてきます。

 でも、舞城氏はこれで良いのだと思います。スピーディなたたみかけるような文体の個性。本作の登場人物たちはかなりエキセントリックだし、作中の諸エピソードや事件たちの設定も十分に奇抜だしで、リアルさに欠けるのですが、それでもじわじわと心に染み入るような感動を覚えました。そもそも、現実の人間なんて、小説表現で語りつくせるほど単純ではないはず。逆に極端に戯画化された人物像の方が、ある意味では人間心理の一端をリアルに切り取り得ることもあるのではないでしょうか? 講談社ノベルズで「新青春エンタ」と呼称される舞城や西尾維新の作品をいくつか読んでみて、ふとそんなことを思った次第。

 読後感は良好でした。21世紀初頭が生んだ“青春ミステリ”の佳作として、記憶に残る作品です。


『熊の場所』(講談社ノベルズ)

 ここは「ミステリ書評」のpageではありますが、作品集『熊の場所』の内容はミステリではありません。何しろ、所収3作品のうちの2つの初出は文芸誌「群像」。「群像」といえば、我が敬愛する安部公房氏を含む名だたる大作家が作品を発表してきた由緒ある作品。三島由紀夫賞にノミネートされたことも考え合わせると、“純文学”と呼ぶのが適当なのかもしれません。

 ただし、“純文学”として万人に受け容れられる作品ではないような気がします。。実際、三島由紀夫賞の選考会でも賞に推す声は少なかったようです。私自身、あらかじめ『煙か土か食い物』のようなミステリ作品を読んで舞城作品の傾向を掴んでいたから本作にも馴染めましたが、仮に“新進作家の純文学”というだけの予備知識で初読したとしたら、抵抗を覚えていたかも知れません。また、全体的な感想として、純文学らしい比喩や寓意の要素はあるものの底がやや浅いかな、と感じました。傑作感に乏しい印象。

 とは言え、全体的には面白く読めたことも確かです。相変わらず句読点の少ないスピーディな文体は本作でも効果を上げていますし、21世紀初頭という時代を強く感じさせる同時代感覚も魅力。このような感覚で純文学を書く作家は希少かつ貴重だと思うので、今後の活躍と傑作誕生を期待したいと思うのです。

 以下、個々の収録作品に簡潔な感想をつけていきます。

「熊の場所」
初出が「群像」の作品。語り手や主要登場人物の殆どが小学生男子ですが、猫殺し等の描写があるので、児童文学とは呼べません。とは言え、小学生男子の友情の純粋さと残酷さがよく表現されていて、舞城氏の傑作青春ミステリ『世界は密室でできている』に通じる良さがあります。ただし、こちらの方が幾分ダーク。なお、タイトルの「熊の場所」とは、あらゆる人々が心に秘める“恐怖”の対象のこと。貴方はどのように「熊の場所」を克服しますか?がテーマ。
「バット男」
初出が「群像」の作品。この作品での“バット男”とは一言でいうと「負け組」の象徴。自分より弱い者、惨めな者を虐げることで安らぎを得るというのが人間の性。このようなテーマを普遍的と見るか、底が浅く陳腐と見るかで評価が分かれそうです。とは言え、インターネット全盛時代の青春文学と呼ぶに相応しい内容なので、現代人(特に2ちゃんねらー)必読か。
「ピコーン」
この作品だけは初出が「群像」ではなく、単行本のための書き下ろしです。確かに「群像」向きではないかも。主人公は暴走族上がりの若い女性。『煙か土か食い物』の女性版……とは少し違いますが、それくらいブッ飛んでいます。読者を選ぶ作品。何と言っても、物語のカギを握る要素の一つがフェ○○オですからねえ。