倉知淳作品感想

『星降り山荘の殺人』『日曜の夜は出たくない』『幻獣遁走曲』

『星降り山荘の殺人』 (講談社文庫)

 雪が振りしきる山荘に、様々な人物が一同に会した夜、殺人事件が起こる。警察に通報しようにも、雪で通信と交通が遮断される。そのうち第2の殺人が起こる。ラストでは探偵役が皆の前で事件を鮮やかに解決する。

本作の粗筋を極端に切り詰めて書くとこうなってしまいます。すなわち、典型的な「吹雪の山荘もの」です。だからと言って、旧態依然とした推理小説と考えるのは大間違いなのです。

 形式面での最大の特徴は、各セクションの冒頭に“見出し”が付いていることです。例えばこの小説の冒頭は

まず本編の主人公が登場する…(中略)…事件の犯人ではあり得ない

という見出しから始まります。作者はこの見出しでは決して嘘をついていないので、その意味では確かにフェアプレイです。このアイデアそのものは、倉知淳のオリジナルではなく、都築道夫『七十五羽の烏』などに前例があります。実際、本作は『七十五羽の烏』へのオマージュでもあることが小説のラストに明記されています。私は『七十五羽の烏』も読みましたが、この見出しに関しては、『星降り山荘の殺人』の方が鮮烈な効果を挙げていると感じました。

 ミステリ部分以外の魅力として、キャラクタが非常に楽しく書き分けられていることが挙げられます。良質のライトノベルのような楽しさです。例えば登場人物の1人である“スターウォッチャー”星園詩朗は、非常な二枚目で、TVに出演して星にまつわる気障な話をするだけで世の多くの女性の人気を集めているという凄い設定。彼の対極に位置するのは中年の“UFO研究家”嵯峨島一輝 。普段は無口だが、突然場の雰囲気も読まずにUFOを饒舌に語り始めるという、本作随一のトンデモキャラ。他の登場人物も個性的に描かれていて楽しく、ミステリ的な伏線の再検討以外の再読の愉しみがあります。

 ちなみに、私は初読の際、普段にも増して真剣に犯人を推理しながら読み進めました。この過程での作品への好感度は95%でしたが、ところが、解決場面で見事に作者のミスリーディングに引っかかっていたことが判った瞬間、好感度は15%にガタ落ち(笑)。しかし、再読時に好感度は急速回復。

 かなりのパンチ力を持つ、現代日本の本格の傑作の1つであることは確かだと思われます。


『日曜の夜は出たくない』(創元推理文庫)

 1994年に発表された、倉知淳のデビュー作に当たる作品。小柄で童顔、つかみ所のない飄々とした性格の“猫丸先輩”を探偵役とするシリーズもの。本作品に収録されているのは、まず7つの独立した短編。最後に配された+αの2編で、実は作品集全体に仕掛けが施されていることが判明するという、いわゆる連作短編集です。

 倉知作品の美点は、いかにも正当派本格ミステリという作風に加え、各キャラクタが大変魅力的に描き分けられている所にあると思うのですが、デビュー作の本作にして、既にこれらの特徴が十分に備わっていることには驚きです。本作での猫丸先輩の推理は、状況証拠への依存度が強い推理なのですが、短編小説の紙数を考えると、この位がちょうど良いと思います。1つ1つの作品を見る限り、無理のない巧妙なミスディレクションと、解決部分で読者を納得させるに十分な手がかりが散りばめられています。また、既述の通り、各登場人物が魅力的に描き分けられていますし、文章にも無駄が全く感じられません。外れ無しの短編集と言って差し支えないのではないでしょうか。

 最後の最後の仕掛けに関しては賛否両論ありそうですが、仮にそれを差し引いても、7つの短編の部分だけで十分に楽しめます。まさに外れ無しの短編集と言って差し支えないのではないでしょうか。

 今回、この感想を書くにあたり、Webでの書評を色々当たってみましたが、この作品に対して否定的な感想は皆無に近いような気がします。正に、万人に受け入れられ得る要素を兼ね備えた希有の作品集と言えましょう。


『幻獣遁走曲』(創元推理文庫)

 「猫丸先輩のアルバイトノート」のサブタイトル通り、小柄で童顔、つかみ所のない飄々とした性格の“猫丸先輩”は、本作品集では様々なアルバイトに挑戦しています。何故アルバイトを点々とするのか、その動機については一切明かされないわけですが、謎が多い猫丸のキャラクタにはその方が相応しいと思います。

 収録作品は、順に、「猫の日の事件」「寝ていてください」「幻獣遁走曲」「たたかえ、よりきり仮面」「トレジャーハント・トラップ・トリップ」

 起こる事件は「日常の謎系」のものばかりであり、しかも解決の根拠も決してロジカルでは無い(余詰めの余地がある)ので、ミステリとしてはややスケールが小さく感じるのは少々残念です。反面、アルバイトを舞台に選んだことで、小説としての「楽しさ」は増幅されていると感じました。何しろ、猫丸が従事するアルバイトは、スーパー屋上のヒーローショーでの怪人役や、臨床治験ボランティアなど、一癖もふた癖もありそうな仕事ばかり。猫丸以外の登場キャラクタも個性的に描き分けられていて、お手軽に楽しめる作品集だと思います。