現時点では、既存のミステリのパロディストだと見ております。

鯨統一郎作品リスト(随時追加します)
『邪馬台国はどこですか』『ミステリアス学園』

『邪馬台国はどこですか』
創元推理文庫
私的満足度 7(満点は10)
酒席での荒唐無稽な歴史解釈による歴史ミステリ
アイデアが出尽くした(とされる)ミステリ界への異色の挑戦状か

 1996年の「第3回創元推理短編賞」の最終選考に残り、1998年に文庫書き下ろしで出版された連作短編集。登場人物はバーテンダーの松永、歴史学者の三谷とその助手の早乙女静香、そして在野の歴史研究家宮田六郎。どの作品も、宮田の奇想天外な歴史解釈に対し、早乙女がムキになって反論するが、最後は必ず宮田の屁理屈(?)に言いくるめられるという構成。

 本作の最大の美点は、何と言っても登場人物の会話が軽妙なこと。そのお陰でテンポよく読み進めることができます。殊に、宮田と早乙女(絶世の美女という設定なのに萌え要素はゼロか)の漫才のような口論はなかなか楽しいものです。

 そして、収録された6つの作品では、それぞれ次のような謎がとりあげられ、それぞれにアッと驚く解決が付されます。

・ブッダはいつ悟りを開いたのか
・邪馬台国はどこにあったのか
・聖徳太子の正体は何者か
・本能寺の変の動機は何か
・明治維新は何故起きたのか
・イエスはどのように“奇跡”を起こしたのか

もちろん、これらの“解決”は正統な歴史学の眼から見れば荒唐無稽以外の何ものでもないのでしょう(私は詳しくないのであくまで推測)。ただ、そのような“正しさ”とは異なるところに本作の価値があります。この辺が従来の歴史ミステリとは異なるところです。

 一説によると、ミステリの世界ではあらゆるジャンル・アイデアが出尽くしたとされます(もちろん異論はあるでしょうが)。そうだとすると、今後ミステリ執筆を志す者は、従来の枠組みの中で尚新鮮な作品を生み出していくか、全く新たな枠組みを作り出すか、もしくは、従来の規約(コード)を破るかパロディ化することで読者の注目を浴びるか、3つのうち1つを選択せざるを得ないわけです。歴史ミステリの常識を破る本作の奇想天外な構成と解決を見る限り、鯨氏はデビュー作では明らかに3つめを選択しました。そして、現在でもその路線で執筆を続けているように見えます。

 軽妙な文体をもち、かつ血生臭い事件が登場しない『邪馬台国はどこですか』は気軽に読める好個のミステリ短編集であることはもちろんです。その一方で、既に述べた通り、ミステリ界全体における位置づけという意味でも、結構興味深い作品のように思えるのです。

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『ミステリアス学園』
光文社ノベルズ
私的満足度 6(満点は10)

いわゆる“マトリューシカ形式”のミステリを楽しくパロディ化。 装丁が秀逸。

 「マトリューシカ」とは、ロシアの名産品で、人形の中に人形が入り、更にその中に人形が…というカタチの人形のこと。執拗に「作中作」を繰り返す小説を「マトリューシカ形式」と呼ぶことがあります。ミステリでは、中井英夫『虚無への供物』や竹本健治『匣の中の失楽』などのいわゆる“アンチ・ミステリ大作”が有名。

 そして、本作『ミステリアス学園』もマトリューシカ形式の章立てになっています。舞台が大学のミステリ研究会で、ミステリ好きの青年が多数登場するところは『匣の中の失楽』と共通しています。ただ、前掲した2大作はいずれも長大かつ衒学的でありお世辞にも読みやすいとは言えないのに対し、パロディとして書かれたと思われる本作はとても読みやすいのです。しかも短い。

 内容面では、まず、最初の1行で古今東西のあらゆるミステリのネタバレ(笑)をしているのが注目に値します。長大ではないため、論理的な謎解きの面白さには欠ける面があるものの、“アンチ・ミステリ”らしい驚愕の結末が用意されているのはGoodです。とは言え、ミステリ初心者には余りお勧めできないかも知れません。様々な有名なミステリ作家・作品に対する分類や評価が随所にちりばめられ、既読の方がより楽しめると思われるからです。

 内容とは無関係ですが、ノベルズのカバーや中身にはモデル(鯨氏本人を含む)を起用した写真が多数使われていて、デザイン的に秀逸だと思いました。

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