江神二郎シリーズをこよなく愛しています。それ以外の作品の感想もあります。
『月光ゲーム』|『孤島パズル』|『双頭の悪魔』|『ブラジル蝶の謎』|『英国庭園の謎』
『朱色の研究』|『幽霊刑事』|『マジックミラー』|『ジュリエットの悲鳴』
私は昔はクイーン、カー、ヴァンダインなどの古典しか読んでいなかったのですが、現代日本の本格の道に踏み込んだのは、 2000年の夏、ふと衝動買いしたこの作品がきっかけでした。 その意味で、個人的に極めて思い出深いのです。
英都大学推理小説研究会(部長はシリーズの探偵役江神二郎)のメンバー4人を含む 十数名の大学生が、キャンプ場で突然の火山の噴火に巻き込まれ、 下界と孤立した状況下で連続殺人が起こるという、いわゆる典型的なclosed circleもの。 読者に真相到達のための十分な手がかりが与えられた後、 事件は名探偵江神二郎によって論理的に解かれます。 ここには周到なロジックとフェアプレイがあり、 本格ミステリの基本はがっちりと押さえられています。 しかし、本作品の魅力はこれに留まりません。
有栖川作品全般に亘る特徴のひとつとして、 適度な人物・心理描写が挙げられると思います。 本格ミステリである以上、トリックやロジックが重要なことはもちろんですが、 個人的にはそれだけでは再読は厳しい。 その点、有栖川作品はミステリとしても一流であるのみならず、 通常の小説としても 十分再読に耐えるものが多いと思うのです。 とりわけ『月光ゲーム』 『孤島パズル』 『双頭の悪魔』のいわゆる“学生編”は、 各キャラクタが極めて生き生きと描かれていて好感が持てます。 特に江神二郎の人柄が魅力的です。
ただ、本作は有栖川有栖の長編デビュー作で、 青春小説的な若さ爆発の内容が 鼻につく人もいるかも。私自身再読するなら 『孤島パズル』か 『双頭の悪魔』を選びます。 とは言え、初読時の衝撃は十分。 最初に述べた通り、私にとっては記念すべき作品。 読了後、早速本屋に走り、『孤島パズル』を買い求めたことはいうまでもありません。
有栖川有栖の長編第2作。 前作『月光ゲーム』同様、英都大学推理小説研究会のメンバーが登場しますが、 今回からは新メンバーに有馬麻里亜が加わります。このマリアには好感が持てます。嫌う人は余りいないのでは。
前作同様、犯人当てのロジックが極めてよくできているのみならず、 青春小説的な趣は適度に抑えられ、ミステリ部分とよく融合しています。 加えて、作者の筆は更に練達し、前作よりかなり読みやすくなり、 結果として 有栖川作品の特徴の1つである人物描写の切れ味が冴えています。
私はこの作品を何度も読み返しました。 そして有栖川有栖という作家が好きになりました。
更に具体的にこの作品の良い点を書き連ねていこうと思ったのですが、 私の拙い筆では十分に表現できそうにありません。そこで、文庫の中扉の紹介文の一部を、少し長いのですが引用させていただきます。名文です。
『(前略)南国の陽光と青い海、降るような星空を背景に幕間のない悲劇が進行していく。──ここにパズルがある。どうかあなたの手でこの小宇宙に秩序をもたらしていただきたい──<読者への挑戦>が興を添え、青き春を謳うロマンティシズムが錦上に花を敷く、 極上の本格ミステリ』
最後に、蛇足気味の補足を1つ。 文庫版の光原百合氏(この人も作家さんですね)の解説にはネタばらしが含まれていて、 もちろん予め『392〜393ページをとばしてお読みください』との注意が記されているのですが、 該当ページ以外にも、読者に犯人の名前を推測させる記述が存在します。 実は私自身、先に解説を読んで犯人が推測できてしまいました。 ですから、この解説は本編読了後に読んだほうがよいと思います。 解説自体は個性的で読み甲斐があるものですから。
“学生編”の長編第3作。大雨によって連絡が途絶した2つの村のそれぞれで殺人事件が起こります。英都大学推理小説研究会のメンバーも2組に分断され、それぞれが事件の真相究明を試みます。
本作はシリーズの中でひときわ長大で、「読者への挑戦」が3回もあり、それぞれに対応する解決場面も3通りあるという贅沢な構成。実際、事件の構造はそれに相応しいものであり、犯人絞込みのロジックも文句無しに良く練られています。クイーンのパズラー的ミステリをこよなく愛する有栖川有栖の持ち味が最高に発揮された出来栄え。本格好きには堪らない魅力。
また、小説が長いと下手をするとダレてしまう恐れがあるのですが、本作の場合は、シリーズレギュラー陣に加え、特に芸術家集団である木更村の住人の描写も生き生きとしていて、普通の小説としても十分な魅力を湛えていると思いました。
文庫版のあとがきで、有栖川氏は「この小説を書いてよかった」と記していますが、一読者としては、ひとこと、「この小説を読んでよかった」と記しておきたい気分。現時点での私的長編ミステリall time bestは、この『双頭の悪魔』です。
本作は、“犯罪学”助教授火村英生を探偵とするシリーズの短編集の1つです。この火村シリーズは、作者と同名の作家有栖川有栖の1人称で語られるので、“作家編”と呼ばれることがあります。“学生編”と比べると、謎解きの緻密なロジックよりも比較的人物のキャラクタ描写に重きを置いたシリーズになっていて、私のように古典本格から入った人間にとって若干物足りなく思えることも正直ありますが、それでも有栖川氏らしい魅力を持った作品は散見できます。
とりわけこの作品集に収められた某作品(未読の方のため敢えて作品名は伏せます)はどんでん返しが凄い。いわゆる本格ミステリ的などんでん返しとは異なるのですが。作者の真摯な思いがラスト6行でズシリと響きます。特に有栖川氏はどんでん返しを余りやらない作家なので、更に衝撃度UPといったところ(もちろんこれを読んでいる既読の人には作品名は丸わかりでしょうが…)。私はその某作品が大好きなので、本作品集の感想文を“作家編”の中では最初に書くことに決めたのです。
本作も、“犯罪学”助教授火村英生を探偵とするシリーズ(いわゆる“作家編”)の1つ です。大仕掛けの作品は無いので、物足りなく思う人もいるかも知れませんが、個人的には外れが少ない粒ぞろいの短編集だと思います。
また、全般的にクイーン的なロジックよりも、犯罪に至る動機の個性や犯罪心理の描写に重きを置いた作品が多いのも特徴。実際、短編にはそういう傾向の方が合っていることが多いと思います。ロジックをきちんと書き込むのは限られた紙数では難しい。実はシャーロック・ホームズものもどちらかというと人間描写が中心ですよね。
以下、特に印象に残った作品に簡潔な感想をつけます。
臨床犯罪学者の火村英生は、教え子の貴島朱美から、2年前の未解決殺人事件の再調査を依頼される。それはまさに空全体が朱色に染まる夕焼け時であった。直後、その事件の関係者宅から新たな死体が発見される…
いわゆる“作家編”の長編の1つで、1997年刊行。この時期辺りから、有栖川氏の作風は緩やかに変化しているように思います。クイーン的なロジックへの愛着を残しながらも、登場人物の苦悩、葛藤などの心情をより深く掘り下げていく方にやや重点を移しつつあるような気がします。この作品に先駆けて刊行された非本格長編『幻想運河』も、まさしくその種の作品です。
特に本作の場合、何と言っても犯罪動機が斬新なのです。余りにも斬新で、Webでは賛否両論分かれているようですが、私はこの動機は結構好きです。どちらかというと男性のほうに共感されやすい動機ではないかと思いましたが、どうでしょうか。また、小説の至るところに朱色が現れ、真相にも絡んでくるなど全編朱色づくしの趣があります。おまけにカバーの表紙まで朱色。意欲的な試みですが、このことは作品の雰囲気作りに大いに一役買っていると思えます。
また、トリックもかなり練られていて意欲的。ただ、一つだけ極めて残念なことに、犯人を最終的に絞り込めるための伏線や手がかりが、事件解決の章に入る前に十分に書き込まれていないように思えるのです。よって、本格としては若干物足りない部分があります。この辺が、学生編の傑作である『孤島パズル』や『双頭の悪魔』あたりと比べると、今ひとつと感じざるを得ないのです。これらの超絶的名作に匹敵し得る作品を、ファンの1人として常に期待しています。
警察官の神崎達也は突然、自分に恨みなど持つはずもない上司に射殺された。そして1月後、無念の想いからか、幽霊としてこの世に出現。謎を解き明かそうと試みるが、その上司も密室で何者かに殺される…
火村シリーズでも江神シリーズでもない、ノンシリーズの長編本格です。タイトル(「ゆうれいでか」と読みます)を見る限り、下手をすると極めて通俗的な幽霊譚かと思い、ミステリファンとしては読むのを躊躇してしまいそうです。確かに、幽霊というSF的な要素も入っていますし、甘いラヴストーリーとしての側面も持ちます。
しかし、本作は純粋に本格ミステリとしても十分に楽しめることを強調しておきたいと思うのです。 具体的には、真相に辿り着くための伏線がきっちり書き込まれているので、解決部分で爽快な気分を味わえます。これぞ本格の醍醐味。
もっとも、初期の『双頭の悪魔』『マジックミラー』などと比較すると、ロジックの構成やトリックの面白さで見劣りすることは否めませんが、贅沢は言いますまい(上記2作品は格別の名作なのですから)。その代わり、他の有栖川作品にない+α的要素が盛り込まれている(詳しくは書きません)ので、トータルでのエンターテインメント性は、過去の名作群に匹敵し得るものだと思うのです。
冒頭、いきなり双子の兄弟の会話が登場! そして、物語開始後すぐに兄弟の兄の妻が殺される。2人には完璧なアリバイがあったが、兄弟の犯行を確信する推理作家、空知雅也がアリバイ崩しに挑む。
江神シリーズの2大名作『孤島パズル』と『双頭の悪魔』の間の時期に書かれた、初期のノンシリーズ長編本格です。Webでの評価を見る限り、有栖川の最高傑作に挙げる人が多く、『双頭の悪魔』と人気をほぼ2分しているようです。
本作の魅力は、何よりも極めてトリッキーなことだと思います。有栖川有栖にはトリック最重視の作品が余り多くないので、数ある作品群の中でも貴重な存在だと思います。
私の個人的な好みとしては、『双頭の悪魔』のようなロジック重視作品に軍配を上げるのですが、これは単に好みの問題。こんな私ですら、解決場面の衝撃は忘れられません。
なお、作中の空知雅也による「アリバイ講義」の中でのアリバイトリック分類は、ミステリファンならとても楽しめます。あと、文庫での鮎川哲也の解説は絶品です。
まさに上記の通りの特性をもつ短編集。短編での有栖川は、初期(『ロシア紅茶の謎』の頃)は、ロジックで固めた長編のミニチュア版を作ろうとしていたように見えますが、次第に、犯罪を犯す人物などの心理描写に重きを置いた作品が増えてきたように思います。私はこの傾向に拍手を送りたいと思うのです。理由の1つは、特にミステリの場合は長編と短編では自ずと性質が異ならざるを得ないからです。例えば真相解明への手掛かりとミスディレクション的表現の両方を短編の紙数に収めるのは困難でしょう。もう1つの理由として、1人の作家による2つの異なる個性が読めることです。
特に本作はノン・シリーズものなのでキャラクタの呪縛(?)にもとらわれることなく、有栖川の筆はまさに闊達に登場人物を鮮やかに描写し、時には優しく時には冷徹に、登場人物の人生を切り取って見せてくれます。全体的につまらない作品も少なく、一気に楽しめました。
印象に残った作品をいくつか挙げます。まずは「登竜門が多すぎる」。デビューを目指す作家の卵と、彼の前に現れた不思議なセールスマンとのやりとりをユーモラスに描いた快作にして怪作。有栖川のベスト短編に推す人が多いことでも有名です。トラベル・ミステリ専用ワープロ『京太郎』など、ミステリファンなら泣いて喜ぶ要素が満載。
いわゆるショート・ショート的な作品もいくつか散りばめられているのが特徴。あえて作品名は挙げませんが、そのうちの1つを私はとても気に入りました。有栖川氏の優しさがにじみ出る作品なのです。
個人的には、集中のベストとして表題作『ジュリエットの悲鳴』を推します。切ない余韻がGOOD!
マレー半島を舞台に、トレーラーハウスのあらゆる窓やドアを内側からテープで目張りした密室の中で発見された死体。この謎に“臨床犯罪学者”火村英生が挑む。
南国マレーシアの気候や風土の描写が丁寧で、旅情をそそるものがありますが、決して“トラベルミステリ”などではなく、正統派の密室もの本格です。登場する“目張り密室”は難解性に富み、謎として魅力的です。ただ、個人的には(解けなくて悔しかったから言うのではないですが)密室トリックの真相に繋がる伏線がもっとあっても良いような気がしました。難しい! ただ、ここをクリアしさえすれば、犯人についての明確な手がかりは読者に提示されているので、解決場面では納得可能です。フーダニット(犯人当て)の論理の面白さの点では、やはり初期の江神シリーズの大傑作に遠く及ばないとは思うのですが(これも好みによりますけどね)、本格ミステリとしての醍醐味は十分でしょう。
火村シリーズの中短編4作品を収録した作品集です。「あるYの悲劇」「女彫刻家の首」「シャイロックの密室」は短編、最後に配された「スイス時計の謎」は中編、と言えると思います。印象に残ったのは「あるYの悲劇」と「スイス時計の謎」でした。以下、この2作品について少し感想を書いてみます。
「あるYの悲劇」はいわゆるダイイング・メッセージもの。被害者の青年(インディーズバンドのギタリスト」が死に際に「Y」のような文字を壁に書いた意味は?という謎です。これについて探偵役の火村が解き明かす真相は(この種のダイイング・メッセージものとしては)十分に説得力があると感じました。加えて、被害者を取り巻く人間が簡潔かつ的確に描写されています。この辺りは有栖川氏の小説の美点の一つです。特に、決してメジャーにはなれそうもないバンド<ユメノ・ドグラ・マグロ>のエピソードは個人的に面白かったのです。音楽を志した経験があれば特に楽しめそうです。
そして表題作の「スイス時計の謎」。有栖川氏自身が表紙カバーで明言している通り、純粋な論理で犯人が指摘できる作品に仕上がっています。本格ファンとしては嬉しい限り。私の理解では余詰めの余地はなく、十分に納得できる解決編に仕上がっています。強いて難ずるとすれば、作品自体が中編でやや小粒ということ位でしょうか。キャラクタの魅力なども含めた総合評価では、初期の学生編の傑作『孤島パズル』『双頭の悪魔』には矢張り及ばないのですが、ロジックの見事さという点のみに限定すれば初期傑作に比肩し得ると感じました。
火村シリーズの中短編4作品を収録した作品集です。いずれもホテルや旅館が舞台になっていて、“宿”シリーズと呼び得る作品集に仕上がっています。収録作品は4つ「暗い宿」「ホテル・ラフレシア」はそれぞれ田舎の鄙びた宿と南国の豪奢なホテルを舞台にした旅情豊かな作品。本格色が強い「異形の客」は中篇と呼び得る長さ。そして「201号室の災厄」は火村助教授を主役に据えたサスペンスフルな作品。
個人的には、最後に配された「201号室の災厄」が好みです。純粋な謎解き小説ではないものの、トリックに工夫が凝らされていることと、登場するロックミュージシャンのキャラクタが印象的であることが理由。音楽が絡むと、有栖川氏の筆はより生き生きと躍動する傾向があると感じるのは私だけでしょうか?(これは「ホテル・ラフレシア」にも言えることです)
過去の火村シリーズ作品に親しんできた読者にとっては“外せない”作品集であることは間違いないでしょう。
本書収録の6作品は、いずれも「○○○殺人事件」(○○○には漢字3文字の建物名)という形態の題名。いずれも“犯罪学”助教授火村英生を探偵とするシリーズものです。2001年に新潮社から刊行された単行本の文庫化。それまで、有栖川作品には「殺人事件」をタイトルに含む作品は存在しませんでした。本書“あとがき”によると、「当たり前すぎる」という理由で避けていたとのこと。ここからは私の推測ですが、氏が敬愛するエラリー・クイーンの影響もあったのではないでしょうか。クイーン作品で「殺人」をタイトルに含むものは少なく、私が知る限りは「フォックス家の殺人」しかありません。同時代のクリスティやカーは結構多いです。
いきなり余談になってしまったので、内容について。過去、長年に亘り、火村シリーズに関しては次のような感想を抱いていました。すなわち、キャラクタはよく描けているが、本格ミステリとしては初期の江神シリーズの『孤島パズル』や『双頭の悪魔』の奇跡的な完成度に遠く及ばない、と。この思いは現在でも変わりません。しかし、本書「絶叫城殺人事件」の収録作については、いずれも江神シリーズとは異なる意味でのミステリの魅力が味わえる佳作揃いと言えましょう。それはすなわち登場人物の人生の一側面を切り取り、ミステリの枠組みの中で表現する面白さに他なりません。作者の円熟を感じさせる外れ無しの作品集です。強いて難ずるなら、物理的に無理があるトリックの作品があるように思うのですが、余り気にしないことにします。
では 各作品について簡潔な感想を書きます。
全4作品が収録された火村シリーズの短中篇集。定番シリーズの安心感とでも言うべきか、小説としては各作品とも水準以上の面白さです。とは言え、いつも書くことですが、ミステリとして見た場合、初期の『孤島パズル』『双頭の悪魔』などとどうしても比べてしまい、少々つらいのです。大傑作の再びの降臨を心から念願するものであります。
では 各作品について簡潔な感想を書きます。
全4作品が収録された火村シリーズの短中篇集。定番シリーズですが、正直、前作に比べて全体的にパワーが落ちたように感じます。有栖川有栖氏は基本的に私の肌に合う作家なので、読み始めたら一気に読了するのが通例なのですが、本書に関しては途中で放置してしまいました。ミステリ的に小粒と感じてしまったのです。しかし、アイデア面では見逃せない作品を含むので、ファンならば要チェック。
では 各作品について簡潔な感想を書きます。