『猛毒』まとめアーカイブ

このpageは、2004年頃にWebで話題になった小説サイト『かざきり羽』で起こった問題を扱ったサイト「『かざきり羽』問題まとめサイト」(現在は消滅)のうち、個人的に興味深いと思った部分を保存したものです。期間限定で公開します。

よって、次の区切り線より下の部分は私の文章ではなく、今は無きまとめサイトの管理人さんの文章です。文章中に出てくる「沙澄さん」は『かざきり羽』の管理人さんのHNです。

『猛毒』まとめ1『猛毒』『猛毒』まとめ2


『猛毒』まとめ1

そもそも、どうして「かざきり羽」は問題があるといわれるようになったのでしょう?

  それは、沙澄さんの日記から始まりました。

[187] 素朴な疑問
沙澄汎奈 2004/1/15 (Thurs.) 12:27:43

昨日、県庁の展望台にいきました。

……?

窓から見える景色が写真になっていて、案内板に名称付きで貼られてるんですが。
そこにさらにはられた 点 字。

……。

点字って…目の不自由な方のためのものじゃ…。
目の不自由な方が、展望台から見える景色を眺めにくるとは、あんまり…思えないのですが…(普通の地図ならともかく、あれは意味ないだろう…)


私の知らない世界があるのかもしれないと、思いました。
(でもつっこまずにいられないw)

  日常の中で、ふと「これって何のためにあるのかなぁ?」と思うことはたくさんあります。
  沙澄さんも「展望台の点字」を見てそう思ったのでしょうか。
  それをそのまま日記に書いてアップロードしたのではないでしょうか。

  けれど、この文章について、「展望台の点字も必要なものなんだよ」というレスがあったのです。
  そこから騒動が始まり、とても大きな問題になっていきました。

  さて、点字とは何のためにあるものでしょうか?
  目の不自由な方、視覚に障がいのある方は、平面に書かれた文字を読み取る事が出来ません。
  そのため、「でこぼこ」な点の組み合わせを指先で読み取る事で、平面ではない文字を読めるようにしたのです。

  沙澄さんの日記を読んで、私も「どうしてあるのかなぁ?」と思いました。
  でも、「意味ないよね?」と言う事は出来ません。
  「世の中に存在しているものには、何らかの意味がある」ことが多いからです。
  私にとって必要じゃないものでも、他の誰かには必要なものはたくさんあるのです。
  それを「意味がない」と決め付けてしまう事は出来ません。

  そこにある意味がわからないのであれば、まず、どうしてそれがそこにあるのか想像してみます。
  それでもわからなかったら調べてみます。

  沙澄さんは「目の不自由な方が、展望台から見える景色を眺めにくるとは、あんまり…思えないのですが…」と、書いています。
  一人で展望台に行くことは、目が不自由でなくてもなかなかないかなぁと思います。
  でも、家族や友達、大事な人と一緒にお出かけする事はありますよね?

  「他の人と一緒にいったのなら、その人から説明してもらえばいい」と思われるかもしれません。
  でも、他の人から聞いたものと、自分で知ったものには違いがあると思うのです。
  一人で行ったのならなおさらです。

  点字で書いてあることを指先で「見る」ことで、風景を想像する事が出来ます。
  それは想像でしかないかもしれません。
  でも、もしかしたら私達の見ている風景より、ずっと鮮明で美しい光景なのかもしれません。
  「見る」ための手助けになる点字は、私にとっては今は「必要がない」ものかもしれません。
  けれど、それを必要とする人はいます。
  もしかしたら未来に視力が弱って、私にも「必要に」なるかもしれません。
  「意味がない」ものではないのだと私は思います。


  さて、ここで日記にレスが入ります。
  「意味がないんじゃない?」「必要あるのかなぁ?」という沙澄さんの言葉に疑問を投げかけるものであったのだと思います。

U 2004/1/15 (Thurs.) 14:17:57
(略)
展望台に点字案内があることが不自然というお言葉ですが、
弱視の方にも点字を解する方は多くいらっしゃいます。
また、全盲の方がすべて先天性というわけではありません。
かつてその展望台で景色を楽しんだ経験のある方がその後視力を失い、
再びそこを訪れて、案内板の点字に触れることによって、記憶のなかの
風景を辿り、喜びを得る……ということはじゅうぶん有り得ますよね?

さらに言えば、視覚が知覚力のすべてではありません。
先天的に全盲の方でも、ある意味では晴眼者以上の鮮やかさで
世界を認識しておられます。展望台の点字によって、彼ら彼女らは
もちろん風景を視ることができるのです。
沢山のすばらしい小説をお書きになるなら、私のつたない言葉でも、
展望台の点字の意味を想像していただくことは可能だと思います。
不特定の方の目にとまる場所で、障害をもつ方について不用意な発言を
するのは誰のためにもならないことではないでしょうか。
(略)


T [Home Page] 2004/1/15 (Thurs.) 15:30:59
(略)
私は『展望台』に全く縁が無かったので、沙澄さん同様、素朴な疑問と化すところだったのですが、
上記の文を読み、なるほど〜、と納得致しました。
これが自然の中で直接風や空気を感じられる場所なら、かえって点字はいらないかもですしね☆
周りの雰囲気や(いらっしゃれば)同伴者の方と一緒に気持ちを共有する事を楽しみにいらっしゃるのかな、と。

余計かもしれませんが、ちょっと一言。
《不特定多数》以下のお言葉ですが・・・これはちょっと疑問です。
Uさんの書き込みが無くとも「展望台の点字」について、意識する方が増えるのは確実だと。
身体的なハンデというのは、自身が体験するまでは、想像の域を出ません。「弱視〜」も同様に。
HPでの小説閲覧は、第三者に読み上げてもらうなどしなければ、全盲の方は楽しむ事が出来ないのでは、とも思いますので、
この場にいらっしゃったとしても、それ程多くは無いでしょう。
近親者にその様な方がいらっしゃらない限り、駅や地図以外の「展望台の点字」について考えた事の有る方は、少数だと・・・?
沙澄さんの「疑問」は、きっかけだと思うのですよ。誰かに振られて初めて気付く事は多いですから。
本当に、「誰のためにも」なりませんか?
(略)

K 2004/1/15 (Thurs.) 17:13:50
(略)
必要としている人がいる物を
「意味のない」物だとは言ってほしくないのです。
意味があるからこそ、そこに存在しているのであり助けられている人もいるので…
(私の祖父など)
「あー、確かに意味ないよなぁ」
とこのHPを見に来ている方に思われてしまいかねませんので、つい横レスを入れてしまいました。
すみません。
(略)

  Uさんは、展望台にある点字の意味を説明してくれています。
  確かに視覚障がいは生まれつきのものには限られません。
  昔見えていた景色を思い出すこともできるよ、と言っていらっしゃいます。
  また、「不特定の方の目にとまる場所で、障害をもつ方について不用意な発言をするのは誰のためにもならないことではないでしょうか。」と、やんわりと沙澄さんをたしなめる言葉を書き込んでいます。

  WWW、インターネット上にある言葉というものは、世界中に発信される言葉です。
  ウェブ上にその言葉がアップロードされた時点で、それは世界中に向けた言葉になってしまいます。
  それは、どこのどんな人が読むのかわからないのです。
  また、障がいに関する言葉は、人によっては大きく反応があるものです。
  だから、十分注意してかかなければならないよと言ったのではないでしょうか。

  Tさんの言葉は、Uさんの「誰の為にもならないのでは?」という言葉に疑問を投げかけるものでした。
  私も実はTさんの言葉に少し同感です。
  障がいというものは、自分が体験するまでは想像の域を出ません。
  ですから、こういう疑問は考えるきっかけにもなるのではないのかなぁと思います。
  それが疑問であれば、私達一人一人が考える為のいい機会になると思うのです。

  ところで、全盲の方でもweb上の小説を一人で読むことはできるのです。
  パソコンの文字を読み上げてくれる「音声読み上げソフト」というものがあり、そのソフトを使用することでインターネットを使うことが出来ます。

  実は、インターネットを通じて社会参加している障がい者の方はとても多いのだそうです。
  体が不自由な事でお外に出る機会があまりなかったり、なかなかお友達を作ることが出来なかったり、お仕事に行くのが大変だったり、勉強が出来なかったりということを解決してくれるインターネットは、そういった方々にとって便利なものであるようです。
  紙に印刷された小説の一つ一つが点字に翻訳されたり、音声ソフトになったりということはなかなか難しいようですが、インターネットを通じてのものならば、読み上げソフトを使うことで市販のものより簡単に読めるのではないでしょうか。

  だから、もしかしたら沙澄さんのサイトを閲覧していた視覚障がいを持つ方は、Tさんの予想ほど少なくなかったのかもしれません。

  Kさんはレスの中で、ご自身のご家族に視覚に障がいを持つ方がいると言っています。
  その上で、沙澄さんの日記を読んだ人に「確かに必要がないなぁ」と思われたら困るなぁという思いで書き込みをなされたように見えます。
  見える人にとっては必要がないものでも、実際に障がいを持つ人にとっては必要なものなので、「意味がない」と言って欲しくないというその気持ちはとてもよくわかります。



  さて、この3つの書き込みはその後沙澄さんによって削除されてしまいました。
  その代わりに書き込まれたのが次のような記事です。

[188] ヽ(´∀`)ノ
沙澄汎奈 2004/1/15 (Thurs.) 20:37:20
沙「展望台の案内板に点字があったよ。何だコレ(・▽・)? 意味ナシぽ?」

物知り姉さん「弱視の方が使えると思いますよー。他にも、今は見えなくても、昔を懐かしむとかできるでしょー? 気の利いた話じゃないですかーv」

と、軽く突っ込んでくださいヽ(´∀`)ノ

(日記はうにの雑談場でする〜w 頭使って書きたくないのですよぉw)

うんまあ色々書かれていましたが。
この日記に書き込む場合は、必ず他人の偉大さを称えて終わって下さいw うにであろうと別の誰かであろうと、否定して終わるのはだめですw

(だって、管理人たるうにがフォローしなきゃいけなくなるでないですかっ煤i―▽―;))

この日記はうにがルールですから勝手なもんですヽ(´∀`)ノ

追記
沙澄汎奈 2004/1/15 (Thurs.) 20:53:44
こういう場合は、点字を貼った人の狙いと功績を熱く語り、その志を普及することに努めて下さると良いですねv(^^)

  「この日記に書き込む場合は、必ず他人の偉大さを称えて終わって下さいw うにであろうと別の誰かであろうと、否定して終わるのはだめですw」とありますが、上の3つの書き込みは、誰かを否定するものだったでしょうか?
  また、このような話題から誰かをほめる話に持っていくのは難しいのではないかなぁと思います。

  けれど、全てのレスが削除されてしまった事で、自分の書き込みが場にそぐわないものであったと思ったのでしょうか、Kさんがこの記事にレスをつけます。

無題
K 
(略)
再びの書き込み申し訳ありません。
祖父『など』と書き込みましたが
私自身、『見る』ということに不自由な為(完全に見えないというわけではありませんが)
日記に関して思うところがあり横レスをさせて頂きました。
多少なりともアクセシビリティ(点字に限らず)に対する
考えを持って頂ければ、と思っていたのですが…
軽く流されたようで少なからずショックを覚えました。
(『w』や『v』を使われると蔑ろにされているというか真剣に考えて頂けないような気
がして…)
とは言ってもここは沙澄様の日記なのでウジウジ考えてしまう自分もアレですね。
スだ、視点を変えて物事を見て頂きたかった次第です。
様々な意見を聞き、自分とは違う立場に立ってみてこそ見えるものもあるでしょうし
自分の考えに深みも増すことだと思います。
それは小説も同じことだと思うのです。
素晴らしい小説をお書きになる沙澄様であれば、むしろ沙澄様であるからこそ
考えて頂きたいと思いますし、考えて頂けると思っています。

あと、最後は人を称えて終わらせよ、とのことですので。
19歳の方が芥川賞を受賞したというニュースには驚きました。
芥川賞のすごさがいまいち分かっていない私が言うのもなんですが。
(略)
[編集追記:この後、書き込みエラーを謝罪する書き込みが1/16 (Fri.) 17:19:33 にありました。]
(文字化けは原文そのままです)

  Kさんはここで、ご家族の方だけでなく、ご自分にも「見る」ことが不自由だと言っています。
  また、ここで沙澄さんの言ったとおり、「他人を褒める書き込み」でレスを終わらせているように見えます。


  この書き込みも、最初の3つの書き込みと同じようにすぐ削除されてしまいました。
  その後で、沙澄さんの『猛毒』というタイトルの日記がアップロードされました。


  『猛毒』の文章は大変激しい言葉で書かれています。
  読んだ人が泣いてしまったり、眠れなくなってしまったりといった、キツいこともかかれています。
  そのような文章を読みたくないという人は下の『猛毒』へ飛ばず、その次の『猛毒』まとめ2へ飛んでください。

『猛毒』

188番記事
沙澄汎奈 2004/1/16 (Fri.) 21:41:51
ログが壊れていたので削除しました。

以下猛毒なので隠し。
読まない方が身のためです。

「軽く流されたようで」じゃないよ流してやったんだよ! 逆鱗に触れたもの、気付かないフリしてねえ? おとなげないからねえ?

ハンデがあるから、弱いから、不幸だから、そういう理由でいたわってもらえて当然だと思ってる人 う ざ い で す 。

弱ければ弱いだけ周りに迷惑かけて生きてるんだから、少しでも強がって生きれば。
痛くても痛くないフリして、笑って生きれば。

あんたが痛いことなんて笑っていようが不幸嘆いていようが わ か る ん だ よ !
少なくとも わたしにはね 。

不幸嘆いてなくてもあんたより不幸な人をごまんと見てきたし 知ってるん だ よ !

不幸かどうかなんて関係ない
どれだけのハンデがあっても痛みがあっても
なお懸命に生きてる人にはおのずと差し伸べる手がある

その手がないとしたら
あなたはあなたが思っているほど不幸でないか
甘えて感謝を忘れているかのどちらか

不幸を語るな 助けてくれない人間を非難するな
助けてもらえなくて 当然なんだよ
助けてくれる人が 優しくて強くて余裕があるんだよ

そういう意味で 人を褒めろと言ったんだよ

前に進めないなら 不幸ではなく 何が必要なのか訴えろ
何があれば前に進めるか考えて 与えてくれる人を探せ
不幸を語れば必要な全てを至れり尽くせり
あほですか

沙澄さん残酷な人でけっこう。

自分の足で歩けない奴に用はない。
その足がたとえ代替品の車イスだとしても、その車イスで前に進め。

自分で歩こうとしている人には
どの道手を差し伸べたくなるのだから

188番記事とこの記事の関連性がわからないなら
この記事に書いてあることそのものがわからないなら
結構です

全てに絶望して
当たり前だと思っていた他人の手の温かさに感謝することを知ってから
出直してください

 

……わたしは昔のわたしが嫌いです。
不幸を語るあなたは
したり顔で力を持ってそうな他人に弱者救済を当然のことのように義務付けるあなたは
昔のわたしにそっくり

まず自分で助けてみれば
ます自分で力を持ってみれば

得た力の大きさと小ささに愕然として
たいして力違わないのに 心意気で他人を支えている人の偉大さに
胸打たれてきてください

『猛毒』まとめ2

さて、『猛毒』を読んだ人たちはびっくりしました。
  沙澄さんは反転文で目立たないように書いたと言っていましたが、文字の色を変えても、使っているブラウザやソフトによっては全く意味がなくなってしまうのです。
  前にもいいましたが、webサイトというのは世界中へ向けて言葉を発するものなのです。
  『猛毒』を読んだ人たちはとても悲しい思いをしましたし、また、なんであんな事を言われなければならないのだろうと怒りもしました。

  沙澄さんの書いた、『猛毒』の中にも少しだけ共感できる部分もあります。
  「人に頼ってばかりではなく、まず自分で頑張ってみようよ」
  そう言っているようにもみえるからです。

  けれど、沙澄さんの日記にレスをつけた人たちは「いたわってもらえて当然」と言っているように見えたでしょうか?
  私にはそう思えませんでした。レスをした人たちは、ただ、「展望台にある点字にだって、ちゃんと意味はちゃんとあるんだよ」と言っていただけだと思います。
  自分や自分の大切な人が必要としているものをいらないと言われたら、とても悲しいですよね。
  「必要があるんだよ」ってことを、大好きな小説を書いている沙澄さんにわかって欲しかったんだと思います。

  Kさんは、ご家族やご自分に障がいがあるとレスの中に書かれました。
  けれど、「障がいを持つ」ということは「不幸」なことなのでしょうか?

  確かに、障がいがあったら不便だろうなぁと思います。
  でも、幸せも不幸せも、それはその人の心が決めるものなのではないでしょうか。
  不幸だと思えばどんな状態でも不幸なことになってしまいます。
  逆に、不幸だと思わなければそれはその人にとって不幸なことではないと思うのです。

  さて、その意味で、日記にレスをつけた人たちは「不幸を嘆いて」いたでしょうか?
  「いたわってもらえて当然」だと言っていたでしょうか?

  また、「そういう意味で 人を褒めろと言ったんだよ」と沙澄さんは書いていますが、[188]番記事の書き込みは、そのような書き方をしていらっしゃったでしょうか?
  他人を褒めろとは書いてありましたが、「誰を」「どんな風に」褒めたらいいのかは書いていなかったと思います。

  これは私の個人的な考えなのですが、日記へあのレスをつけただけで「全てに絶望して(中略)出直してください」とまで言われるのはとても悲しい事ではないでしょうか。

  沙澄さんは後で、「障がいを持つ人への暴言と言われるのは心外だ」と言っておられましたが、これは「障がいを持つ人への暴言」でなくても、レスをつけた人に対してのとても酷い暴言だと思います。



さて、この後に、『猛毒』を読んでしまった読者の人が記事にレスを書きました。
それは以下のようなものでした。

R 2004/1/16 (Fri.) 22:03:09
188番の記事、随分と変な場所に移したんですね?

消された元記事読んでましたが、
あれをどう読解すれば反転されてるような解釈ができるのでしょう?
不思議でなりません。

不特定多数が見ている所で、こんな事を平然と書けるような神経の人が、物書きでプロになりたい?
自分の都合の悪い事は簡単に削除できるオンライン上と違って、
自分の書いたものが後々まで残るんですよ?
うっかり失言が多く、そして失言したことすら理解できない、しようともしない
耳触りのよい意見にしか耳を貸そうとしないあなたには無理なんじゃないですか?
自分の吐いた言葉に責任持てなくて、人の意見に耳も貸せない狭量な人には不向きな世界かと。

…あなたの書いた障害者云々の発言、ボランティアでハンディキャップを持った方のお手伝いをしている友人に晒してやりたいよ!
こんな事を平然と誰が読むか分からないネット上に上げる常識知らずがいるんだよ?って…!
そのくらい不愉快な発言でした。

最低。こんな恥知らずな人だと思わなかった。
あなたみたいな人の書く作品を少しでも面白いと思った時期があったなんて。
もうあなたの作品読むのやめる。
さようなら。

  とても厳しい言葉ですが、身近で障がいに対する問題に携わっている方にとっては『猛毒』はとてもきつい言葉として感じられたのではないでしょうか。
  Rさんの書き込みもその日の内に削除されてしまいました。
  代わりに沙澄さんが書いたのは、次のような記事です。

ただ今ロックかかってますw
沙澄汎奈 2004/1/16 (Fri.) 23:36:55
ただ今あらし対策のため、コメント・ロック中です。

あれることがわかっていながら、黙れないうに(^^;
(あらかじめ猛毒だと言って反転までして隠している文章が毒だったと言って文句をつけられましても…だから毒なんですって。それも『猛』がついちゃうんですって。非が自分にあるとわかっていなかったら、反転しません。人生色々。『過去』ゆえに、人は妙なところに逆鱗を持っていたりしますw)

  沙澄さんはRさんの言葉を荒らしと受け止められたのか、日記にコメントロックをかけて書き込みが出来ないようにしてしまいました。
  確かにRさんの言葉はとても激しく、そして厳しいものでした。
  ですが、沙澄さんはこの文章の中で「非が自分にある」といっています。Rさんはそれだけ沙澄さんの言葉に傷ついたのではないでしょうか。

  沙澄さんは「反転までして隠している文章が毒だったと言って文句をつけられましても」と言っています。これは、「隠してあるのだから文句はつけないで欲しい」ということなのでしょうか。
  ですが、このページの最初に書いたように、反転文字というのは見る人の環境次第では全く意味のないものになってしまうのです。
  また、インターネット上の言葉と言うのは、他の誰かに読んでもらう事を前提として書かれる、全世界にむけて発信される言葉です。
  検索避けをつけてみても、アドレスを請求制にしても、管理人が「隠したい」と思う言葉を隠すのはweb上では無理なのではないかと思います。


  さて、この後沙澄さんは「クレームはメールにてどうぞ」と言うタイトルの記事を書きます。
  その中にこんな文章がありました。

お返事はしませんが、自分の正直な言動がどういう結果を招くのかは、見定めるつもりでいます。

  沙澄さんはこの時点では「苦情はメールで受け付けるよ」と言っていたのです。
  また、こんな記事も書いていました。

猛毒は 沙澄汎奈 2004/1/17 (Sat.) 01:24:19
使命感が尽きたら、削除すると思います。

一つ言っておくと、うにが一番役に立たない人間です。
あれらは全て、自分自身に向けてきた言葉。
(後略)

  ここで沙澄さんは、『猛毒』が自分に向けた言葉だったと書いていましたが、本当にそうだったでしょうか?
  「軽く流されたようで」というのはKさんのレスの書き込みを受けてのものではなかったのでしょうか。
  また、「188番記事とこの記事の関連性がわからないなら」とあるので、あれはやはり他の人へ向けた文章だったのではないかなと私は思います。
  『猛毒』を読んだ人が、あの文章が沙澄さん自身に向けて書かれたものだと考える事はとても難しいのではないかと思います。

  このあと、感想掲示板のほうに、Rさんと同じように沙澄さんにさようならを言う投稿がたくさんされました。
  でもその書き込みは沙澄さんによって全て削除されてしまいました。
  そして、日記への追記がありました。

猛毒は 沙澄汎奈 2004/1/17 (Sat.) 10:47:29
反転隠しの【猛毒】注意書きの猛毒なのに、わざわざ持ち出して公道にぶちまける方が
いらっしゃるのであきらめて削除しました。

心構えのない人が見たらびっくりするです。まして抜粋はだめ。
見た人に害のある文章なので、引用禁止です。むしろ、毒だと言いながら、
どうして通りすがりのそんな気のない方にまで味見させようとするのでしょうか? 記事の削除依頼が妥当と思いますが。

  この記事の書き込みと前後して、『猛毒』本文もまた削除されました。
  「公道にぶちまける」とは、少し不思議な感じがします。
  web上の記述は全て、原則として公道なのです。サイトというものは一般の人に向けて開かれているので、どんな人が通るのか、記事を読むのかわかりません。
  ならば、沙澄さんのサイトで「心構えのない人」が見て、「びっくり」するのも当然なのではないでしょうか。

  さて、みんなが沙澄さんに求めていたのは「記事の削除」だったのでしょうか?
  私は違うと思います。

  みんなが沙澄さんに求めていたのは「ごめんね」の言葉だったのではないでしょうか。
  記事を削除しても、「なかったこと」にはできません。
  日記から記事を削除してもこうして記録には残るし、何より、あの言葉を見た人の心からその記事を消す事はできないのです。もし、本当に記事を「削除」できるものがあるとしたら、それは沙澄さんの「ごめんなさい」の言葉だけだったのではないでしょうか。
  記事を見た人の心の中に残った『猛毒』という記事を消せるのは、『猛毒』を書いてしまった沙澄さんだけだと思います。

  『猛毒』の全てが悪いとは、私には言う事が出来ません。
  「言論の自由」は憲法で保障されているのですから。
  でも、レスをつけた人たちへのお返事としては確かにとても厳しいもので、言い過ぎだったと思います。そこで一言「言い過ぎました、ごめんなさい」って言えてたらこんな問題にはならなかったんじゃないのかなぁと思います。



  この次の日、18日に沙澄さんはとても長い記事を書きました。
  少し長いけれど引用しますね。

Re:あああ戻りました〜!!!(;▽;)
沙澄汎奈 2004/1/18 (Sun.) 09:24:47
うああ、猛毒読んじゃった人&とばっちりくらった人済みません(―▽―;
終わってます……コレはちょっと……キレてるもいいところ……(//▽//)

んと、「どうしたんだろう沙澄さん(汗) 何かあった…?」と、ご心配されていた皆様済みません、何かありました(^^;

えと、経過の方なんですが。
実はもう、極限まで自分追い詰めてぐるぐるになって、でも自分ががんばるしかない、誰のせいでもないんだからがんばるしかがんばるしかって、なにげに大変なことになってるところに、目的と関係ないところに時間を割かせる議論レスが入ったんです。
えと、それでも初回はずいぶん頑張って気持ち落ち着けて、まずは削除、この話は終わりって感じのまとめスレ立てて対応したんですけど、また長文書かれてそのこと自体にキレてました…。
極めて理不尽な話ですが、うにとてうに、情緒不安定になることはあります。
(キレる前段階の対応、『削除してまとめレス』自体がうにには珍しい荒い対処だったわけで、何かやばい、と察して頂ければ良かったのですが…顔の見えないネットでは、『それどころじゃなさげ』な雰囲気がうかがえないもんなあ…折悪く非難めいたレスの削除だったわけで、うにの対応を「非難許さん」の意味にとった削除された方が、さらにお叱りの長文カキコ。
別件で、あることを何とかしないとっていう強迫観念でいっぱいになっていたうには、――そりゃあもう逆ギレ。
うにさん最悪です。
人間のかざかみにもおけません。
うにですから海に捨てましょう。

忙しいと言いつつ日記書いてるじゃんとか思われたでしょうが、特定個人あてに、関係修復のために書いていた、のです…。
忙しかったの自体が、ある人との関係修復に忙しかったという話(―▽―;)
(続編企画も何もかも、その人の気を引こうと(汗) あ。でも、もちろん着手した以上は頑張ります!(^^))

なんていうか、ティリスが怒って出て行って、何だと思って一生懸命ティリスのためにできること(しかしそこはレオン君ですから的外れ)をしているのにティリス戻ってきてくれなくて、いい加減極限までいらついていたレオン君に関係ない人が絡んだ、と思って頂ければ、その自殺行為具合わかりやすいかと…(汗)

えと、うに、確実にレオン君属性もっていますので、必要な人が離れようとする時の壊れ具合、苛立ち具合、的外れ具合は筆舌に尽くしがたいです。
関係の壊れ方によっては、自殺さえしかねない勢いです(本当(―▽―;))
そこが危うくなる度に、仕事できなくなってやめてました…(いやあんた人間として失格だよ終わってるよ)
なんかもう、言い訳のしようもなく……好きな人を失う、と思った時のうにというのは気が狂っています。
過去三度、ああもう死のうこのまま死のうと思って、なけなし他人様へのご迷惑は最小限にと、次の人が見つかるまでつないで辞めて、しかし関係修復できてしまって死ななかったw(あほ。)

欠点だとわかっていますが、これは多分……一生直らないと思います(__;
該当時には、定期的に立っていられない涙止まらない言葉がしゃべれないの波がきて、職場でいきなり泣くから(声は出しませんが返事もできなくなります)同僚さぞ困ったでありましょう…。で、そんな時は自分がひたすら世の迷惑だという自覚があるので死にたくなります。深刻に。
全然仕事にならなくて、それなのに涙も止められなくて迷惑ばかりかけて、しかも好きな人には見捨てられた状態です。
心の底から、「なんで、こんな社会の迷惑なだけなうにが生きているんだよ誰も喜ばないよ死ねばいいのに死んでしまえ」と泥沼のブラックになります。
今回折り悪く、ちょうどそういう社会的弱者の話(汗
うに、役立たずの自分に対して「死ねばいい」と思っているわけで、キレて、そのまま猛毒として露出(滝汗

いやもうほんと、申し訳ないです(汗
だめなヤツで… 済 み ま せ ん … ! (><;

あ、でも繰り返しますので、様子がおかしい時にはご注意を(―▽―;
(レオン君みたいなもんで。彼にティリスがいないくらいで狂うな成長しろと言ってもそれはどだい無理な話と想像がついて頂けるかと…生まれつきどっかおかしいんです(滝汗))

えと、なので、お願いですからそういう時には触らないでください。何するかわかりません(;;)
ネットじゃわからんということでしたら、

1.記事削除などの明らかな拒絶を返された場合には、余裕がなくなっていると判断・それ以上の話はあきらめる
2.もとよりBBSは使わない。メールにしておく

などの対処をして頂ければ、比較的安全です。(むしろ、作品だけ楽しんで、作者本人には関わらない、が無難かと(^^;))

ああ、良かった…。
ほんと、事なきを得て良かったです。
危うく崖落ちするところでした(^^ゞ


そんじゃ、今日も元気に通販業務に励みます♪
そして終わり次第賢者様書きます☆☆

がんばりますっ!!(>▽<)b

  みなさんはこれを読んでどう思いましたか?
  私は少し悲しくなりました。

  私は『猛毒』を否定する事はしません。
  あの文章の中に同意できる部分もあるからです。
  私は自分の事情を理由に逃げたり甘えたりというのはできるだけしたくありません。
  それと、他の人を思いやる事は勿論別の事ですが、沙澄さんは自分にも他人にも厳しい人なのではないかと思いました。

  また、言葉と言うのは経験を積み重ねて培われていくものです。
  沙澄さんが『猛毒』を書いたからには、それだけの経験があって、その結論に至ったのでしょう。
  『猛毒』は沙澄さんの信念が込められているのではないかと思っていました。
  だから、その言葉を否定する事は、沙澄さんの今までの経験や信念までをも否定してしまうことになります。

  一度言葉して表明したからには、その信念を貫くのだろうと思いました。
  あれほど激しい言葉を他人に向けるというのは、自分にもその覚悟があるということなのではないでしょうか。

  けれど、沙澄さんは
キレる前段階の対応、『削除してまとめレス』自体がうにには珍しい荒い対処だったわけで、何かやばい、と察して頂ければ良かったのですが…
関係の壊れ方によっては、自殺さえしかねない勢いです(本当(―▽―;))
あ、でも繰り返しますので、様子がおかしい時にはご注意を(―▽―;
1.記事削除などの明らかな拒絶を返された場合には、余裕がなくなっていると判断・それ以上の話はあきらめる
2.もとよりBBSは使わない。メールにしておく
等々、自分の弱さを理由に、「いたわれ」と暗に言っているかのようです。
  『弱いからといって人に甘えるな』というのであれば、こんな時こそ毅然としていて欲しいと思います。
  それとも厳しいのは他人にだけで、自分には甘い方なのでしょうか?



  さて、これ以降も沙澄さんが問題に言及した点はたくさんあります。
  けれどそれは対処法だったり、特定の人に向けたものだったり、自分の身を守るかのような発言がとても多かったです。
  詳しくはこのサイトのもう一方の問題まとめの方に書いてあります。
  もっと詳しい事が知りたいという方はそちらをご参照ください。